全国から送られる救援物資は、南三陸町のベイサイドアリーナという施設に集められていました。そこには大量の物資が、それこそ山のように積まれていたのですが、もらいにいっても「物資は公平に配らなくちゃいけない。そのルールがまだできていない」ということでもらえない。空のトラックで行き、空のままで帰ってくるということが続きました。
そうしているうちに、避難所で電気が使えるようになり、携帯電話も充電できるようになりました。それからは一生分の電話をしたかもしれません。行政は頼れないので人づてに支援を頼み、物資を届けてもらったのです。
最初は避難所の人たちの分だけ集めることを考えていましたが、10以上の地区に、1000人以上の在宅被災者がいることが分かりました。避難所に所属していない彼らは、事実上、支援から取り残されていました。なぜだか分かりますか? それは行政からすると「面倒くさい」からです。まずは届けてから分配すればよい避難所とは違い、在宅被災者に対しては食料や飲料、生活物資などを仕分けて配らなければいけません。そこで僕らが志津川高校の体育館に物資を集め、自衛隊の支援を受けて仕分け、各戸に配りました。心がけていたのは「物資を体育館に貯めないようにすること」。ベイサイドアリーナのようにはしたくありませんでした。こういった活動を、行政を頼らず8月いっぱいまで続けました。